Vol.03 | ヤードアトリエ - 夏のアラカルト –
Photography & Text by : Soya Oikawa
東京で2027年春夏の国内向け展示会が始まった7月中旬、児島のアトリエを訪問。この日は「JAMES FATIGUE」や「FRISKO TROUSERS」の量産が行われる予定でした。

アタッチングマシンとリベット
メインの縫製エリアで撮影をしていると、隣の部屋からガシャンガシャンと聞こえてきました。いったい何の音だろうかと覗いてみると、青いポストのような機械の前に座って作業をする藤原さんの姿が見えました。
話を聞いてみると、それは「アタッチングマシン」といって、パンツなどに「リベット」を打ち付けるときに使うものでした。「ダイ」という治具(ジグ)を交換するだけで、さまざまなボタンやリベットの取り付けができるのだそうで、リベットは日本で「鋲(びょう)」とも呼ばれます。


リベットの目的は「補強」です。結果として装飾的な役割も帯びますが、元来はポケット口などの負荷がかかりやすいところに打たれ、頭(バー)と脚(リベット)の2つのパーツで生地を挟むような構造です。
右の画像のタックボタンもこのマシンで取り付けることができます。リベットと同じように2つのパーツから成り、オーディナリーフィッツでは「ORDINARY FITS MADE IN JAPAN」と刻印されたオリジナルのタックボタンを使用。後ろに見えるのはタックボタン専用の「ダイ(治具)」です。「die」は「金型」という意味でもあります。

スタッフが気軽に立ち寄るアトリエ
この日は土曜日だったこともあって普段よりスタッフが少なかったのですが、オフの黒川さんが試作のデニムショートパンツを作りに来ていました。聞けば最近デニムパンツの腰回りの縫製を教えてもらい「その練習にもなるので(笑)」とのこと。
さらには「アトリエではよくアイロン掛けの作業をしていたが、縫製を知ることで、同じアイロン掛けでも縫う人の気持ちを汲めるようになり、少しでも縫いやすいように1ミリ、2ミリを気にするようになった」のだと言います。黒川さんはお話を聞くといつも誠実なコメントをしてくれます。

Helga Parisの写真集『Woman at Work』
そんなヤードアトリエで働く彼女たちのように、世界のどこかで衣料品を作る女性職人を撮った写真集はないものか……と見つけたのがドイツの写真家のヘルガ・パリスの『Woman at Work』でした。1938年に生まれた彼女がファッションを学び、芸術に興味を持ち、独学で写真の技術を覚え、冷戦化のベルリンの日常を捉えた膨大かつ貴重な仕事の中で、1980年代の旧東ドイツ衣料品工場で働く女性たちを撮った作品です。登場する女性たちはとても自然体で美しく堂々としていています。機会があればぜひ手に取ってご覧になってみてください。



UNION SPECIAL – 43200Gの導入
前回来たときに比べどこかレイアウトが違う気がしたら、やはり新しいミシンが導入されていました。アメリカのUNION SPECIALというメーカーのチェーンステッチ専用ミシンで、一般的なチェーンステッチと違って針が斜めに入ることで、経年変化による裾のアタリがよりロープ状になって現れるのが特徴です。
写真の右側が43200Gで試し縫いをしたチェーンステッチです。ループが少し細くて長いのがわかりますでしょうか。まるでマニアのような微差にこだわるヤードアトリエの設備ですが、その実、彼女たちはそんなミシンを「かわいい」と言っていました(笑)。


私にもできる「名もなき仕事」
児島駅近くの本社から生産管理の三宅さんが来ていました。本社とアトリエと児島各所の協力企業をつなぐ重要な役割を担っています。この日は本来なら仕上げ屋さんにお願いするはずのアイロン掛けを自分で行うというので、その理由を聞くと「(12本ほどのパンツを指して)この子たちだけどうしても週明けに間に合わせたくって」とのこと。生産管理として納期への強い責任感を感じさせる一言でした。

僕はそんな様子を見て「生産管理なのに仕上げのアイロン掛けまで手伝うなんて偉いなぁと」感心していたのですが、このような「名もなき仕事」はしょっちゅうあるのだといいます。大きな生産プロセスのスケジュールは敷かれているものの、不可抗力による遅れや変更はどうしても起きてしまう。そうした事態への効率的な対応もアトリエの日常のひとつなのだと知りました。
「自分の担当ではないから」ではなく「自分にもできることなら」という利他の精神が、静かにアトリエを包んでいました。
Photography & Text by : 及川壮也 (Soya Oikawa) @soyaoikawa
ライター、講師。1978年、宮城県仙台市生まれ。セレクトショップやコレクションブランドでのPR職や、オウンドメディア立ち上げなどを経て2023年に独立。また、2012年から母校の専門学校創表現研究所est(現ファッション文化専門学校DOREME)でカルチャーにまつわる特別講師を務めている。






